中小企業・小規模事業者のみなさまの成功を間近で。

未来は未来を享受する人のために在るべき

あくまでも個人的な感想ですが私たちの世代を規準にして年齢が上か、下かで大まかに分けて考えると、上の方はやはりどこか指示を待っている傾向が感じられる。その逆に下の方はどんどんと進めていく。そんな傾向があるように感じるようになりました。
 
もちろん私の周りを中心とした狭いもので一般的なものとしてではありませんし、そうでない方も事実私の周りにはいらっしゃいますのであくまでも個人的に感じる一傾向な話なのですが、性格などパーソナリティなものではない、社会行動パターンな傾向を感じています。
 
例えば、責任担当が決まっていても自分からは率先して行動しないとか、後からそうだよと言って座を白けさせたりとか、組織の一員であるのに不都合になると突然俯瞰し一般人になったりとか。またボランティアには懐疑的否定的でその割にはそのボランティアに依存している傾向もあったり…
 
若い人たちはその逆で、役割が決まっていたらどんどん動くし発言もする。責任者でもなかったりしても、さまざまな提案をされる。
後からあぁだこうだ言われたくないからと平然と言うところはまるで真逆ですね。
 
組織の一員である以上、その不都合にどう立ち向かうのか当事者として考えて発言もするし、実際行動もする。
不都合なことが起きても評論家にはならずに、でどうするよ?って自分の仕事として、組織の仕事としてみんなが動くことを考えるところが多い。
 
ボランティアなんかもそうで、どんどんと積極的に動かれていて、マジ頭が下がります。
特にすごく感じるのは、ボランティアしていて充分まとめられるのに、あまり表に出てこない。
気がついたらそこにいて、あ、君またあったね的な人が若い人に多いですね。
リーダーもそんな感じで、あまり目立たない、裏方に徹するボランティアリーダーが多いように感じます。
 
まぁあくまでも私見に過ぎないものですが、こう言う私の感じるところからして、日本の未来、若者だけだと結構明るいんじゃね?とか思うんだけど、ギリギリのところで、いや俺だってとか、いやまだまだだとか、思ったりしている私は上の世代なんだと最近つくづく思うのです。
 
未来は未来を享受する人のために在るべきです。
自ら進んで受け取りそれを楽しみとする人のためにあると私は日頃思っており、その受け取る未来には不都合なものもあるやも知れないがそれを享受できるもののために未来はあると思っていて、だからその人が未来を変えていこうとするのは当たり前だと。
 
若いとか年寄りとか区切って話すことでもないのだけど、あえてこう書き綴ったののは、若い人が私の年代になったら今の私のような感覚になる可能性が高く、今までそれをずっと繰り返してきたんだが、ちょっと最近、今までのやり方、考え方で良いのかなぁと感じることが多く、私たちも責任を持って語り動くから、若い人たちも声を大きくしておじさんたちを叱咤激励鼓舞して使い倒すくらいに思って欲しいとも思う。
私たちも、なんでも否定せず、無関心なだけなのにさぞ俯瞰してみているようなこともせず、真正面で向き合い、彼たちのためにもう少し積極的に動いても良い気がする。そのうちに、若者や年寄りの区別もなくなることを目指していきたいものです。